人権を考える5分間のラジオ番組「明日への伝言板」

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  • 2015年11月13日(金)放送

テーマ / ハンセン病患者 ジャンル検索

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園児の声響く療養所
今日は、ハンセン病の療養所内にできた保育園のお話です。

東京都東村山市のハンセン病国立療養所・多磨全生園の敷地内にある花さき保育園で、今日も園児たちの元気な声が響きます。緑いっぱいの敷地内を散歩し、広場で遊ぶ子どもたち。納涼祭やコンサートなど療養所の行事に園児が参加したり、反対に運動会やお楽しみ会など保育園の行事に入所者の皆さんを招いたりして、活発に交流しています。
保育園が多磨全生園の敷地内に移転したのは二〇一二年。平均年齢が八十歳を超えた入所者の毎日にも、にぎやかさが加わりました。かつて「らい病」と呼ばれたハンセン病には長く続いた差別の歴史があります。戦後、治療薬が開発され、病気そのものは完治したにもかかわらず、ハンセン病回復者は療養所に閉じ込められたまま一生を過ごすことを強いられました。入所者は子どもを持つことも許されませんでした。そんな入所者の人権を無視した「らい予防法」が廃止されたのは、一九九六年のことでした。
花さき保育園の森田紅園長は言います。
「子どもたちは『ハンセン病とはこうだ。』といった知識からではなく、入所者の方々との自然な関わりの中で、人としていろんなことを学んでいきます。『おばあちゃん、おててどうしたの?大丈夫?』『おばあちゃんはね、昔、病気になっちゃったんだよー。』など、子どもたちが気付いたことに寄り添いながら、思いやりや共感、助け合いの気持ちを自然な形で身に付けていくことが大事だと思っています。」
と。
多磨全生園入所者自治会の会長で、国立ハンセン病資料館の語り部でもあり、七十年間療養所で暮らしている佐川修さんに話を聞きました。
「皆さん、子どもはいいですよ。子どもの声聞くと。私たちはね、子どもを持つことを許されませんでしたから、子どもの声聞くと、孫やひ孫がいるとすればこんな思いなのかと、非常に和やかな気分になります。」

療養所の皆さんと園児やその家族との開かれた交流には、ほのぼのとした中にも心打たれるものがあります。この交流から、私たちは、病気による差別や人と違うことに対する偏見がない社会を実現するために必要な多くのことに気付かされます。
では、また。