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【発表案件なし】
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平成30年11月21日市長記者会見
【発表案件なし】

発表項目 なし 月日:2018年11月21日
場所:北九州市役所
出席者 北九州市長

会見の動画(YouTube)

市長
それでは、ご質問を承ります。

記者
すみません、幹事社から質問をさせて下さい。先週の会見の続きから、最初に確認させて下さい。先週の会見で、例の写真の関係についてお聞きしたわけですけれども、市長は「2008年6月の異業種交流会だった」ということでおっしゃられておられましたが、市長交際費のところを見ますと、異業種交流会については、2015年度から16年度については出てくるものがあるのですけども、2008年度の異業種交流会については、特に交際費では出てきませんでした。この異業種交流会等の領収書の落とし方についてですが、出てきたり出てこなかったりみたいなことはどうして起きるのか、まずこの点から教えていただけますでしょうか。

市長
何をもって、何年当時のことを言われたのですか。

記者
2015年、16年は「市長交際費執行状況」の中に、若松活性化協議会異業種交流会等が出てくるのですけれども、2008年度の交際費を見ても、その6月にあったとされるものは出てこないのですが、まずこの点について、どうしてそういう、領収書で落としたり落とさなかったりが出てくるのか教えていただければ。

市長
日々、たくさんの行事に出ておりますが、10年前の案件につきまして、それを事務所としてどのように、会計的に処理していたのかというのは、突然のお尋ねでありまして、今、手もとにその資料があるわけではありませんから、そういうご質問があったことは事務所に伝えて、分かるようであればまたお知らせをしたいと思います。

記者
分かりました。それと、先週の会見で細かいところをちょっと確認させていただきたいのですが、こちらのほうから「着座されたのは、誘導されて座ったのですか」ということをお聞きした際に、市長は「ほとんど面識がないものですから」というふうに答えておられるわけですけれども、この「ほとんど」というのは、写真に写っている5人全員、面識がなかったということなのか、そのうちの1人か2人は面識があったということなのか、どういう意味合いでおっしゃられたのかお答えください。

市長
写真に写っている方と面識がないということに加えまして、おそらく勉強会が、いわゆる旗揚げと言いますか、たくさんの方が集まって、会合を持った最初の頃ではなかったかと記憶いたしますが、多くの方が、面識がなかったということであります。

記者
お店の場所については、「小倉北区」ということで答えておられましたけれども、小倉北区のどの辺りだったかは覚えておいででしょうか。

市長
10年前、どの場所で会合したのかを、正確に記憶を呼び戻すことは大変難しいわけでありますが、当時は市長任期1期目の時でございます。非常に激烈な選挙のあとを受けて市長に就任をいたしまして、朝から晩まで、たくさんの大きな課題・難題に直面をしていた日々でございます。それだけに、何か会合がある時にですね、例えば門司の方に出るとか、若松、八幡の方に出るとなると、往復相当の時間がかかりますので、そうした意味では、小倉北区というのが大変多かったように、一般的に当時のことを思い出します。もしも若松とか、そういうふうに折尾だとか、離れていたところであれば、多少なりとも記憶は残っているような感じがしますので、それが無いとなると、多くの会合が行われて、自分も顔を出している小倉北区ではないかと、このように考えた次第です。

記者
店の雰囲気については、先週詳しくお話しいただけたのですけど、エリアについては明確でないということでよろしいでしょうか。

市長
そうですね、場所は明確に覚えているわけではありません。

記者
会の案内状については、先週の会見では「はっきりしない」ということでしたが、私のほうで一昨日、北橋事務所のほうに取材させていただきました。案内状については、「そのようなものはない」ということでした。スケジュール管理の方法をお聞きしたところ、「紙でするのが基本で、口頭で日時、場所のみを伝えるということもある」ということでした。「紙で記録したものについては、3年から4年で廃棄するので、2008年当時のものは残ってない」と、「では、なぜ2008年6月と言えるのか」と聞くと、「たまたまUSBメモリに、その会合の分だけが残っていた」ということでした。ちなみに、そのUSBメモリについては見せていただけませんでしたが、この団体ごとのスケジュール管理をしているということで、そのUSBは残っていたらしいのですが、ここからは見せてもらえなかったので、事務所の言い分で聞くしかないのですが、事務所によると、2008年の6月6日の会合だということです。しかし、そこで疑問に思うのですが、市長は先ほど「面識がないメンバーだった」ということで、「会合の正確な記憶は残っていない」とおっしゃっておられましたが、その写真を見ただけで、なぜそのUSBメモリに残っている支援団体の異業種交流会の写真だと認識できたのでしょうか。会議した紙のスケジュールにあったかもしれない別の会合かもしれませんし、口頭で日時を伝えただけの会合の可能性もあるわけですけれども、どうしてそれを否定して、これはその会合だと言い切れるのか、その根拠について教えてください。

市長
この件が突然起こりまして、確か4年前にメディアのほうにも持ち込まれて、結果として「問題ない」ということで、没になった案件だと事務所では承知をしていたわけでありますが、この市長選がいよいよ迫ってくる中で、突然それが市会議員の皆さん方に差出人不明のまま、そういう怪文書の形で出されたということを大変残念に、また重く受け止めた次第です。そこで、10年前のことではありますけれども、当時は7年前と怪文書では書いてありました。いずれにしてもですね、そのことを調べる必要があったわけです。調べる時には、私の事務所もできる限り調べていくわけでありますが、現職の市長のその時の怪文書ということになりますので、秘書室、秘書室長、また梅本副市長のほうでもですね、この調査ということをしていただいたと聞いております。その中で、写真に写っていた方が「はっきりと鮮明に記憶しているのだ」と、「これは10年前のことである」と、「6月のことだと思う」と、このように述べられているわけであります。そういうことで、「10年前の6月」ということで、何か事務所としても、当時のメモなり記録なり、記憶が残っていないか調べたという、それが経緯であります。最初に、お名前は差し控えますけれども、その場のことを非常によく覚えている方が「10年前で間違いがなく、当時は一般人であった」と、「6月のことだった」と、こういうお話があったものですから、それが発端となっております。

記者
その同席された方の記憶では、2008年の6月だったと。それと、たまたま符合する会合がUSBに残っていただけということで、それをイコールで結び付けているだけにしか見えないのですけども、その方の記憶と、この会合がそうであるというところを裏付ける根拠っていうのは何かあるのでしょうか、主催した方に聞かれたとか、そういうのは。

市長
USBのお話なのですけれども、僕は、それは承知していないことなのですが、1期目が先ほど申し上げたように、まちを二分する激烈な選挙であったと。相手の陣営には、大変影響力の強い方々がバックにいましたので、私を応援するという方は個人的な刺客と。職場に行ってみると、相手のポスターがいっぱい貼ってあるけれども、個人として応援しようという方も結構、少なくなかったように思います。それだけに1期目におきまして、会合から案内がまいりますと、努めて出るように当時していたのではないかと。また事務所におきましても、またそういう勉強会であるとか、そういう会合があるとすれば、その対応に努力をしていたのではないかと思います。1期目は特にそういうことが背景にあったものですから、事務所としてどのように私の記録を残しているかということは今回の一件で改めて分かったわけでありますが、10年前のことでありますので、書類として、文書として「どこどこの会合に呼ばれた」とか、そういう案内も含めてですね、それは残っていないと、そういうことでございました。

記者
ちなみにですが、その「同席された方」という方にもお話をお聞きしました。「市長が講師として来られていた記憶はない」と、「日付についてもはっきり覚えていない」と、「主催者がどなただったかも覚えていない」と。いずれについても明確な記憶が、先ほど市長は「鮮明な記憶が残っている」とおっしゃいましたが、直接お聞きすると、そのような鮮明な記憶はございませんでした。ということになると、その方も、これがその市長がおっしゃっている異業種交流会なのかどうなのかっていうところについては、何ら根拠を持ち得てないと思うのですけども、たまたまその「6月だった」というその方の記憶と、たまたまその事務所に残っていたUSBの記録が「交流会」という名目で結び付いたから、これを一種、イコールで結び付けているとしか見えないのですけども、改めて根拠をお聞きしますけども、その結び付ける根拠は何か客観的にございますでしょうか。

市長
ご質問の中に、当時のことについて語った方のインタビューでしょうか、そのお話がありましたが、写真で言うと一番右端に座っている方でしょうか。

記者
そうです。

市長
この方につきましては現在、例えば暴力団を離脱するとかして、自立更生で頑張っている人たちを手助けするという活動もされているやに聞いております。つまり、保護司の方にも面識のある方がいたようでありまして、その方のご縁でですね、これは私とは別に、つまり市役所とは別にですね、この一件について話を聞こうということで、聞かれたということでございます。相手のお立場があるので、それはその団体のどの方かということは控えるにしましてですね、そこで、「10年前で間違いがなく、自分は一般人であって、2つの点で事実が異なるということをはっきりと言われた」と後から聞きました。それとは別に市としても、副市長と秘書室長のほうで、その方からお話を聞いてですね、「間違いなく2つの点で事実と異なる」と、「10年前のことである」と、このように言われたということであります。従いまして、これは10年前の6月ということで、1つの見解を持ったということであります。

記者
確認ですが、今、市長がおっしゃられたその方というのは、写真の右端に写っていた、今、施設長をされている方という理解でよろしいのでしょうか。

市長
先ほど申し上げましたが、それは、その方に会った方の説明では、現在、自立更生の青年をですね、手助けする活動をされている方だということです。

記者
要は、この方ということでよろしいでしょうか。

市長
そのように認識をしております。

記者
ということになると、その方の記憶の中では事実関係が、その怪文書とされるものとは異なるというお話で、そういう認識をされたということで、要は。

市長
一応、加えて言いますと、市としましてもですね、こういう怪文書の形で議員全員に配られているような状況でありましたので、警察当局に対して、「こういう怪文書が出回っているのだけれども、これは本人によれば、こういう事情の説明があったということだけれども、暴力団の関係者、組員なのかどうか」という照会はしております。それに対しては、前にもお答えしているように、「当局としては、どのような場合でも、その所属しているか否かということは、述べることはありません」と、こういうご返事であったということも、これまで申し上げたとおりでございます。

記者
先ほど「その方に確認した」とおっしゃられたのは、この今回の会合が、市長がおっしゃられている支援者の方の、「こういう名前の、こういう会合だったということでよろしいですか」ということを確認されたということなのか、それとも、先ほどおっしゃったように「2つの点で事実と異なる」という点について確認したという意味なのか、その点についてはいかがでしょう。

市長
この写真を、「こういうのが出回っているのだけれども、ここにいらっしゃるのはあなたでしょうか」と、「当時のことを覚えていますか」と、こういう切り出しではなかったかと察しております。それに対するお答えは、「明快に、10年前の一般人との会合であった」と、このようにお答えになっております。

記者
ということになると、その一般人との会合であったということで、6月6日のその親睦会という支援団体の会合であったかどうかっていうところの確認まではされてないということでよろしいでしょうか。要は、事実関係において2008年であったと。

市長
10年前の6月だというふうに、今おっしゃっているわけであります。そこで、その当時のことというのはもう昔のことなので、書類はないのですけれども、メモなり、その形跡なり、それがないかということで調べると、確かに6月に勉強会に呼ばれて行っているということがありました。つまり事務所の認識と、それからその方がおっしゃった当時の状況と、それから会を主催された方の当時のお話などを総合して、それで間違いないのではないかと、このように思った次第です。

記者
その2008年の6月6日の会合であったかどうかということについて、その施設長をされている方は、確認が「覚えてない」ということで取材も答えられているわけですけども、この資料についても、スケジュール管理のメモは廃棄していたり、あるいは口頭で伝えている可能性もあったりして、その残っているものが果たしてそれかどうかという、客観的に裏付けるものは、今のお話を聞く限りでは、その方の記憶と合致する日付というか月日、大体のスケジュール、6月という括りで見たら、そういう会合があったということで、それがイコール、その会合であったかどうかという裏付け、客観的に根拠付けるものはないということで、この方の記憶によると現時点では、そのように理解してよろしいでしょうか。

市長
質問の趣旨をどれだけ私が理解しているかで、時期が時期だけに、しかも4年前の話がまた出てきたということで、私ども大変残念に思いまして、いろいろと事実関係の確認に努力をしたわけであります。しかし、警察当局がその辺の、本人の所属の確認というのはできるわけでありますが、そちらからの情報が得られないということもありました。そこで、今までこの件につきましては、本席でも質問がありましたので、いろいろ考えましてですね、刑事告訴を念頭にですね、現在、弁護士と相談中であります。そこで、法律の専門家の立場からですね、当時の状況をよく確認をしていただいて、その先の準備に入るということでございますので、ここで10年前の話がどうであったかといろいろ言われましても、肝心の当局のほうで、所属先を知っていたかどうかということは言えないということなので、コメントは差し控えさせていただきます。いずれにしても、これははっきりさせたいと、怪文書であるという、そういう気持ちは私の後援者にも事務所にもありますので、弁護士と相談の上で、今後どうするかというのを、判断をしたいと。それまでの間ですね、若干、時間がかかりますけれども、事実関係の確認等につきまして、お時間をいただきたいのであります。

記者
今「事実関係を明らかにしたい」とおっしゃられて、この市民も大変、事実を知りたいと思っているので、われわれも市民になり代わって聞いているわけですけども、その続きで聞かせていただくわけですけども、先ほど「主催者にお聞きした」というお話をされていますが、主催者はこの5人のメンバーのどなたに呼びかけたのか、その人はどういう方なのかというのは把握されているということで、お聞きしているということなのでしょうか。

市長
それはよく分かりません、その点も、法律専門家の立場から、関係の方々の当時の状況についての説明を、きちんとお話を聞かれていくと思いますので、そちらに委ねたいと思いますが、すでにこの件については私から申し上げましたように、当時ですね、新しい会合で呼ばれる時には、やはり関係者は注意しないといけませんので、参加者の名簿があれば、それを市のほうに、つまり事務所のほうへということは、つまり相手方にとれば市のほうにとなるわけでありますが、そのように申し上げておったと記憶しております。その過程でですね、市のほうに民暴センターがあるわけでありますから、そこで、この点については10年前のことなので、市のほうでどのような扱いをしたのか記録は全くないのでありますけれども、会を主催された方はですね、事務所に迷惑をかけてはいけないので、そういう手順を踏んで、特段、問題はないということなので、呼びかけた主催者としては、その点は安心していたと、そのようなことを私も聞いておりますので、そのことはここで申し上げたと思います、それ以上のことは分かりません。それ以上のことを聞きたいということもおありでしょうけれども、その点はしばらくお時間を貸していただきまして、法律専門家の立場から、よく説明を聞いてもらいたいと思っています。

記者
一昨日、北橋事務所に聞いた時は、その主催者の方に特段、そういうことを確認してないというふうにおっしゃっておられるわけですけども、それは昨日、一昨日の段階で新たに確認したということなのでしょうか。

市長
ずっと早い段階で、このことは申し上げております。

記者
その4年前に1回、出回ったという話なのですが、4年前にきちんと一度調べておけば、まだ記憶が鮮明な段階で、もっと立証は市長の側で可能だったように思うのですけども、そういう作業は、4年前はされていないのでしょうか。

市長
4年前、どうであったかは記憶が定かではありませんけれども、いずれにしても、自分は全く面識のない人たちが写真に写っていてですね、それとの関係を当時も言われたわけでありますけれども、全く面識はありませんし、自分としてはそれ以上、深く事実関係の確認をしようにもですね、前に進めなかったと。つまり今回の件は、写真に写っていらっしゃる方に実際に会って、当時の状況を聞いたところが、少なくとも2箇所あったわけです。その中の1つは、市の秘書室であります。そういうことで、作業が前に進んだということであります。4年前の時はですね、記憶が定かでなかったこともありますけれども、いろんな状況をめぐる報道であるとか関係方面の動きというものが、私どもの立場から見ると問題ないということで、広がらなかったこともありますので、深くその問題について事実関係の確認はしていなかったように思います。

記者
念のため、まとめの確認ですけども、今回の2008年の6月6日の異業種交流会というのは、基本的にはこの右端に写っていらっしゃる施設長の方、男性の方の話に基づいて北橋事務所で調べたら、たまたま残っていたUSBメモリに「異業種交流会」というのがあったと、おそらくそれだろうということで、それ以上の確認作業はしていないということでよろしいでしょうか。客観的に根拠となる、結び付ける根拠を示してくださいと、再三、聞きましたが。

市長
その写真に写っていらっしゃる方は、「10年前のことであって、当時、一般人であった」ということに加えまして、それを自分としてもよく覚えているという背景についても語っておられます。その背景については、私からここで申し上げるのはどうかと。と言いますのは、10年前の過去のことについて、プライバシーに関わることでもありますので、それを聞いたからと言ってですね、申し上げるのはどうかと思いますので、その点はご理解をいただきたいのでありますけれども、人間10年前のことを聞かれてですね、みんな誰しもいろんな会合に出ていてですね、覚えているかというのはそれなりの、その方の人生にとっても、非常に印象に残る時ではなかったのかなと、一般にそれは察しられるわけでありまして、なぜその10年前のことを、6月頃、そういう会合に出たことがあるということを覚えているかということについては、これは先ほど来、刑事告訴を念頭に置きまして、弁護士と相談中であります。法律専門家の立場から、この辺の事情については確認作業がいずれあると思いますので、それに譲りたいと、こう思っております。私からは、個人のプライバシーについて申し上げることは差し控えさせていただきます。

記者
その点について、「印象に残る会合だった」と言う割には、私どもが聞いた際には、「市長と何を話したかも覚えてない」と、「市長が講師だったかすらも覚えてない」というぐらいの印象しかお持ちではなかったということは、1つ付け加えておきます。最後1点、この件についてですが、先ほど来、「面識はなかった」ということを繰り返されておられるわけですけど、この同席された施設長の男性は、「親族の葬儀に市長が来てくれた、市役所で秘書室に自分が行ったこともある」というふうに話しておられるわけですけども、それでも面識はないとおっしゃるわけでしょうか。

市長
ありません。

記者
全くないということでよろしいでしょうか、分かりました。この点について他、質問ある方、ございますでしょうか。無いようですので、次に移らせていただきます。先日、17日、麻生財務大臣が福岡市長選の応援演説の中で、「学歴はいいよ、人の税金を使って学校に行った、東京大学だろ。しかし、結果として人口は減らして、税収は減らした」と、北橋市長を念頭にしたと思われる発言をされました。率直に、これについてどうお考えなのかお聞かせください。

市長
場所は街頭、そして時は、ローカルとはいえ、大変大事な、熱い選挙の最中、その中の政治家の1人の発言であります。人口減、あるいは税収増という、そういうお話もされたやに聞いておりまして、そうしたテーマについては、私の立場からも非常に重要なことだと思いますので、この市長選を通じて、いかにしてこのまちを元気にしていくかという中で、はっきりと自分の主張をしたいと思いますが、その前段につきましては、それは政治家の1人の発言だと、このように承っておきます。

記者
前段については、取って付けたようなところもあるかと思うのですけど、要は、北橋市長を批判したいがために出てきたような言葉だなと、聞いて思ったわけですけども、それについては、ご自身が批判されたということについてどのようにお考えでしょうか。

市長
議会におきましても、毎年4回ありますが、市長の政策についてご批判はあるわけでありまして、そのこと自体はいいのですけれども、やはり12年前の市長選というのは、当時、皆さまが取材されていたかどうかでありますが、相当に激しい選挙だったと思います。その時、相手方の選対のですね、非常に重要なポジションにいらっしゃったと思います。自分としては、あの選挙戦でいろいろなことを言われましたし、後援者にも私自身もいろんな思いは、やっぱり選挙が終わったあと、一時ありましたが、やはり、ラグビーで言う「ノーサイド」という言葉があります。市の発展のためには、意見が隔たっている、あるいは、時には厳しいご意見もいろいろ語ったものですが、胸襟を開いて、前に進んでいくための協力を求めねばならん時もあります。そういった意味では、「ノーサイド」という言葉があるということで、私自身、また12年前は一方だけがですね、選挙戦でですね、振り返ってみて、「あの時、あんなひどいことを言われたな」っていう負の感情を持っているのは敗れたほうだけではないのですね、選挙を戦ったほうは双方とも、そういうものは残るものでありますが、自分自身、やはり「ノーサイド」という気持ちに早くなって、後援者の会合でもそういうことを、やはりそれとなく伝えていたと記憶をしております。しかし、12年経ちましたけれども、やっぱりそういうことが背景にあるのではないか、どこかのメディアの記事にあったように思いますけれども、その記事を見た時には、自分も今回の件はご意見として承っておこうという気持ちになったところです。

記者
ご意見として承るのは、その人口減等について厳しく批判されたという点についてという理解でよろしいでしょうか。

市長
それも含めてですけれども、大学云々の話も含めてですね、街頭でアピールをされて、そのことが報道をされました。その報道全体を見てですね、やはり12年前のことというのがあるのかなと、このように自分なりに感じました。しかし、北九州が、過去も現在も未来もそうでありますけれども、1つ1つ政策を実現し、まちの発展を期すためには、市会議員はもとより、県会議員や国会議員の皆さま方に、あるいは政府観光庁に、いろんなところに出向いて要請をしていくというのは大事なことでありますので、そういった意味では、今回いろんな発言がありましたけれども、引き続き、またご本人もですね、3号線のバイパスをはじめとして、さまざま地元に関することについては、事務所として真剣に耳を傾けていただいて、副総理自身も、いろいろと動いていただいていると思いますから、そういった意味では、今回の件は、それはそれとして承るということで、少し未来志向に考えたいと思います。

記者
この件について、他ございますでしょうか。

記者
市長が出馬表明されて間もなくという、福岡市長の最後も言ったように、ああいう形で出たことについては、市長はどのようにお考えなのでしょうか。

市長
福岡市と北九州市、誰しも福岡県の2つの政令市としてですね、協力できるところはともに協力をして、北部九州、福岡県全体の発展のために頑張ってほしいというのは、多くの方が感じていらっしゃると思います。今回、こういう話は出ましたけれども、すでに福岡市と北九州市の間には、事務方を含めて成熟した信頼関係と協力関係ができ上がっていると思います。そうした面では全く、これからの両市の協力関係と言いますか、未来志向の協力関係というのは全く、それは揺るがないものだと思っております。

記者
一般読者として分かりにくいのは、自民党が支援を決めたという直後にああいう発言があったというのは、ちょっとなかなか理解しづらいところがあると思うのですが。

市長
政治の世界には時々、理解できないことは起こり得るものであります。しかし、そうしたことも含めて、大きくどういう方向に時代が動いていくかということが大事であって、その中で、所期の目的に向かって、前へ進んでいくかということだと思います。いろんなご意見があるというのは、それだけ大所帯だからであります。12年前のことの気持ちを引きずっていらっしゃるという方もいらっしゃるということが、今回改めて分かりましたし、そういった意味では、そういういろんなご意見がある中でですね、これから北九州を近未来においてどのように発展させるかということについて、具体的な政策理念でもって認識を共有して、協力をしていくことだと、こう思っております。ぜひ、そういう前向きな方法で考えていきたいと思っております。

記者
この件について、他ございますか。無いようですので、次に移ります。先日、市民オンブズマン北九州が監査請求をしました。議会に関するものは、「議会について」ということですのであれですが、北橋市長宛てに請求されたものの中には、遺骨の残灰を、今は1円で業者に委託している状況があるのを、これを取りやめて、その委託費というか、5円については市長に返還するようにと。また、その入札を実施して、その遺骨の残灰を、値段を付けて買い取ってもらうようにしたらどうかということで提起をされたということでした。これについて、市長としてどのように、市としてどのようにお考えなのかお聞かせください。

市長
残灰いわゆる残骨灰の取り扱いは、国でこのルールがあるということではないということです。自治体ごとに対応が異なっているのが現実でありまして、大変悩ましい問題だと思っております。と言いますのも、平成3年当時、この市としてですね、これを売却して収入を得るということは不遜ではないかということで、適切ではないという当時の議会、あるいは市民の間に議論が高まっていた当時があったということです。この残骨灰の売却っていうのは、かつてはそういうことをしていた本市でありますが、そうした世論を真摯に受け止めまして、今回のような方針に変えたということであります。いずれにしてもですね、住民監査請求が出ましたので、市としましてはこの監査結果を待ちたいと思っております。

記者
この件について、他ございますでしょうか。無いようですので、幹事社から最後1つ。若戸大橋の回数券の問題が発覚して1ヶ月近く経つのですけども、調査のその後の進捗状況と、また改めて、そのきちんとした市民向けに説明の場を設ける考えがあるのかについてお聞かせください。また併せて、粗大ごみの関係の調査についても、現状はどうなっているのかを教えてください。

市長
これまでですね、道路公社から市のほうに報告がいくつかありまして、枚数調査の結果であるとか、受託会社との損害賠償の示談、そうしたことなどについて報告がされてきたわけであります。今後につきましてはですね、受託会社自身による調査と、警察への被害届の状況を確認しながら検討すると、このように聞いております。市としましても一定の進展があったところで、大きな進展があった段階でですね、皆さまにも報告するようにですね、担当課を通じて指示しているところであります。つまり、受託会社のほうで聞き取り調査っていうのは、従業員に対して、なお継続しているということですが、そして、被害届の提出についても準備をしていると、そういう現状に今あります。

記者
粗大ごみの関係が。

市長
前にご質問が出て、現在、調査を進めていると。調査の概要というのは、前に述べたことでありますが、進捗状況という面で見ますと、先日お話しました金券ショップへのヒアリングや、納付券の流通過程に関わる業者の在庫照合、またヒアリング、それから市職員へのヒアリングなどの確認調査があります。これに加えましてですね、現在、約1,200店舗ある取扱店に対しまして、まず納付券の保管状況や在庫管理方法、また金券ショップで納付券が販売されていることに関して知っている情報などを確認する調査に入っております。年内を目途に、調査結果を皆さまに報告できるように進めたいと、このように考えております。

記者
この件、他に質問ございますでしょうか。特段、ないようですので、幹事社からの質問は以上で、その他、質問ございますでしょうか。

記者
すみません、大部分の立地は、もう苅田町ということは重々承知なのですけれども、昨日来から日産のゴーン会長が逮捕されたということがありまして、北九州市の周辺自治体として、その通勤されている方や下請けとかも立地しているかと思います、率直なお受け止めなどがあれば教えてください。

市長
大変驚きました。北部九州にとりまして、極めて需要な生産活動の拠点がありますだけに、ゴーンさんが、滅多にありませんけれども九州を訪問する時には、地元の近隣の自治体の長と一緒にですね、極力、時間を確保してお会いしてですね、この九州工場を今後とも発展していただくように、また自治体としても、みんなで協力をして支えていきますと、こういう趣旨の会合を持ったりしておりますだけにですね、知らない人ではないわけなのですね。それだけに今回、こういう形になったということは大変残念に思います、また衝撃でもあります。一方におきましてですね、今回の日産の社長をはじめとして、報道によりますとですね、やっぱりこういうことを、きっぱりと決別をしてですね、社として再生を期したいという、かなり固い決意をお持ちであるということ、それを報道で見聞きしましてですね、ぜひこれを機会にですね、日産という会社が再起を期して、また再生を期してですね、力強く繁栄していくことを地元民の1人としてですね、期待をして見守っていきたいと思っております。

記者
ありがとうございます。

記者
来月、若戸大橋がいよいよ無料化されるということですが、これについて改めて市長が期待されることと、あと市長が思い描く将来の北九州市のグランドデザインを教えてください。

市長
若戸大橋に関して。

記者
はい。

市長
12年前、1期目に立候補するにあたりまして、地元住民の長年の悲願でもありましたし、ぜひそれを実現したいということで、公約に盛り込もうとしたわけでありますが、この多額の借入金をどう召喚するのかという問題を含めて、現実には大変高いハードルがあるということが、私のブレーンの間でもかなり出まして、しかし、やっぱりこの目標はですね、ぜひ掲げて努力をしたいという思いで、公約の中には入りませんでしたが、重要な検討事項の1つに盛り込んで、今日に至っているわけであります。その間ですね、いろんなところで「なぜ若戸大橋を有料にしているのか」という、大変多くの市民の方の厳しいご指摘・ご意見もありました。自分としましては、いろんなところで、その借入金を早く返済するために工面のための努力をしたのでありますが、若松ボートがですね、やはり若戸大橋があったからこそ、若松ボートも栄えたということで、若松ボートに特段のご理解とですね、資金の提供を要請したわけであります。これに応えていただいて、早く完済をできるという見込みになりました。維持管理というのは、橋に関わらず、大変に大きい財政負担になることが多いわけでありますが、しかし、考えてみると、これは若松、あるいは戸畑はじめ一部の住民だけが利用しているというよりは、今後エコタウンや洋上風力など、北九州全体の大きな活性化のですね、可能性があるのが若松地域にあるわけですから、それを思うと、これは市民共有の資産としてですね、みんなで支えていくことが大事だと、私も腹をくくりましてですね、実は維持管理の問題をめぐってですね、なかなかこの問題は長い間、前に思うように進んでいない事情もありましたので、その点は私も決断をしたところでございます。幸い、国のほうにおきましても、この無料化に進むということについて、いろいろご意見はありましたけれども、お認めをいただいた、いよいよその日を迎えることができる。それは、私のみならず地元住民、そしてまた超党派で市議会や各級議員の皆さん方が強く望んでいたこと、また主張されていたことでもあるので、1つの大きな嬉しい日を間もなく迎えることになるのだな、感慨深いものがあります。それと同時にですね、この橋を、ライトアップをきれいにしてですね、いわゆる観光資源の1つに、さらにバージョンアップできないかという議論が昔からあったのですが、それも何とか時間が間に合うようでありますので、無料化の日に併せて。たくさんの人に、観光という面でもここに出かけてほしい。今回、皆さまに報道していただきましたが、数千人からなる景観の専門家による投票で「新三大夜景」の1つに、あの神戸市を抜いてですね、ベスト3に入ったわけでありまして、その中には高塔山からの夜景だとか、クルーズ船の夜景とか、夜景を非常に大事にしているということも評価されたということであります。そういった意味でもですね、若戸大橋のライトアップ、その景観の維持というのは、市全体にとりましても非常に魅力ある観光資源になるものと期待しています。

記者
すみません、先ほど維持管理の話が出たわけですけども、長期修繕計画だと、100年間で440億だったその維持管理費があって、それを単年度で割ると4、5億かと思うのですけども、これを節約したとしても、ある程度、限界はあって、少なからぬその財政負担として他にしわ寄せが出るというのは、以前の会見で市長もお認めになっていることだと思うのですけども、この点について、その時の市長は会見で「国のほうが何とかしてくれるのではないか」というような期待を述べておられたわけですけども、現時点で何か補助とか、そういう維持管理に資するような国の施策というのは示されているのでしょうか。

市長
当時、どのように私が述べたかですが、「国が何とか考えてくれるのではないか」という、そういう甘い期待感は、当時は本音を申しますと、あまり持っていなかったのであります。この問題は、12年前に着任した時から、非常に大きな問題として認識をされておりました。しかし、先ほど申しましたように、これは市民共有の大事な資産だと、みんなで支えていこうというふうにしたわけであります。ただですね、将来ですね、日本のこういう交通網のネットワークにつきまして、災害があっても、また強靭な交通網体系の構築というのは、国策として非常に重要な課題になってきておりますし、その中で日本全体を見渡してみてですね、この若戸大橋というのはですね、非常に重要な、基幹的な道路だと私は思います。そういった意味では将来、国全体の交通網をどのようにして維持していくか、発展させるかという観点に立った時に、若戸大橋にもう一度、そういった面から若戸大橋が脚光を浴びてですね、また新しい議論が始まって、市民が期待する方向にいくことを強く望んでおります。

記者
その仮定の話が実現しない限りは、この現状、負担は市民全体でということで、他の道路予算全体の中で工面していくという考えでお変わりないでしょうか。

市長
いろんな努力はもちろん続けるわけでありますけれども、国としてもお考えがあるでしょうから、特段、それに新たな補助なり予算というものがない間はですね、市民みんなで共有して支えることになりますから、それは今までも申し上げていたとおりです。

記者
関連で若戸大橋の件なのですけども、9年前倒しで、料金の徴収期間を前倒しするということは、その間の料金収入、年間13億ぐらいだというふうに聞いているのですけれども、9掛けて117億円、これを、先行投資をする形で、まず債務返済ないしは、その間の維持管理費を先行投資する形で、市長もこれまでおっしゃっていたように、大きな経済効果が見込まれるだろうという形で決断されたというふうに理解しているのですけれども、その場合、一定この、どのような経済効果があったかについて今後、4期目に入る話になってしまうので、仮定の話ですけども、今後それについて、市長として検証していく費用対効果についてですね、いろんな効果はあると思いますけども、いわゆる先行投資というような形でするというふうに理解できると思うのですけども、それに対して、効果についてどういうふうに検証していくのか、今お考えがあれば教えてください。

市長
来年以降、その問題をどうするかについては、どのようにお答えしていいかあれですけれども、基本的には今、若戸大橋に限らず、公共事業の投資にあたりまして、政府のほうはですね、費用対効果というものを、非常に重視をするように、近年なってきております。従いまして、地元といたしましてもですね、これによって北九州経済、あるいは若松にどのような効果があったかということは、深い関心を持って見守っていきたいし、それをどのように数値化するかということについては、今後の検討課題だと思っております。いずれにしても、私ども市全体のことを考えると、洋上風力発電の日本の拠点をあの埋立地につくるということで、着々と準備を進めておりますので、これによる効果というのは大変大きいものと思います。それから、エコタウンにも新たな事業所が進出をしてまいりまして、例えばオリンピック・パラリンピックのメダルのレアメタルを回収するというのが新しい技術で始められるとかですね、今後もいろんな新しい試みがあると思いますので、そういった意味では必ず、活性化の具体的な効果として表れてくるものと期待をしています。

記者
スペースワールドの、昨日壊しましたけど、所感、スペースワールドのシャトルの件なのですけど、どのように。

市長
大変寂しいです。前にも申し上げました、あの鉄冷えの中で地域、そして八幡製鐵所がどのように活性化を展望するかという中で、アメリカのロスにおけるディズニーランドがあります。それから、アラバマ州にスペースキャンプがあります。そういったところを、新日鉄の本社の方は調査に行かれて、それをですね、はるか北九州でということで、社内の中には「我が製鐵所の近くに」という声もあったようですが、その中で八幡製鐵所の関係者は非常に頑張っていただいて、誘致を決めたという経緯があります。その時に、行政としても全面バックアップでスペースワールドを開園したわけでありますが、当時、議員の1人として、国に、雇用開発をするということで補助金の申請であるとか、いろんなことを走り回っておりましたので、開園前からですね、この問題には深い関心を持って、見守ってきた1人であります。それだけに、平日行ってみると閉まっていたとかですね、お客さんがずいぶん減っているという話をこの間、聞く度にですね、大変辛い思いもしておったわけでありますが、今回こういうふうになりましたので、もうこれは未来に向かってですね、かつてのスペースワールドに負けないような、日本で初めての業態のですね、たくさんの内外のお客さまが集まるような場所をですね、イオングループに、ぜひ構想を早く提案していただいて、行政としてその集客などでですね、お手伝いできる点があれば、ぜひ成功させたいという気持ちであります。いつまでも「残念だ」、「寂しい」という思いだけでは前に進みませんので、しっかりと取り組んでいかねばいけないと思っております。

記者
すみません、もう最後、若戸大橋についてなのですけど、若戸無料化について、ちょっと重複しますけども、無料化することによって、若松区をどうしたいのか、将来の北九州市をどうしたいのか、その辺について端的にちょっとお答えいただけますか。

市長
まず、住むところとしての若松はですね、評価が高まるのではないかと思います、小倉都心部にも大変近いわけですから。それと、産業界から見ると、響灘は洋上風力とエコタウンというのはありますが、その他にも大きな、この産業が誘致される可能性がたくさんあるわけであります。そういった意味でですね、相当に今後、産業活性化、雇用の場としての道が大きく開けることが期待されると思います。

記者
ありがとうございます。

記者
その他、ございますでしょうか。じゃあ、ないようですので、この辺で。ありがとうございました。

市長
ありがとうございました。

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〒803-8501 北九州市小倉北区城内1番1号
電話:093-582-2235 FAX:093-582-2243

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