東京在住ライターが語った北九州市のポテンシャル

北九州市のみなさん、こんにちは。

東京で編集者・ライターとして仕事をしています、和田拓也と申します。
今回、とてもお世話になっている北九州市の職員のみなさまから、北九州ライフへの寄稿という素敵なお誘いを受けまして、恐縮ながらも僕が感じる北九州市について書かせていただこうと思います。
お金のない大学時代、よく青春18きっぷを使って東京から九州を目指しました。途方もなく長く感じる岡山県から九州までの道のりも、山陽本線の終着点「下関駅」、さらに関門海峡を超え「門司駅」にたどり着いたときは、大きな安堵を覚えたものです。
しかし北九州市については、そういったおぼろげで断片的な記憶しかなく、九州に行くことも少なくなってからは、やはり「治安の悪い場所」「修羅の国」といった限りなく表層的なイメージでしか更新されていなかったのが正直なところです。
そんな僕が北九州市とご縁を持つようになったのは、北九州市のPRのお仕事がきっかけです。今年3月と8月に二度北九州を取材する機会に恵まれ、それからはプライベートでも時間を見つけて足を運ぶようになりました。

私がディープだと思う小倉駅近くの路地裏
私がディープだと思う小倉駅近くの路地裏

幸いなことに、北九州市の職員のかたのお力添えを受けて、僕は普通の旅行ではできない接し方を北九州にすることができました。
詳しい案内をしていただけたことはもちろんのこと、取材で一緒に北九州市を巡ったアーティストの存在も大きなものでした。
特定のコミュニティに属さない、新時代のアーティストであるぼくのりりっくのぼうよみ(以下、ぼくりり)さん、また北九州市で生まれ育ち上京し、地元への土着的な思いが強い藤田恵名さんという、それぞれバックグラウンドの異なるスコープを通して、北九州市という地域の色合いを見ることができました。

ぼくりりとカルスト台地「平尾台」
ぼくりりとカルスト台地「平尾台」

北九州の酒文化「角打ち」の老舗で触れ合った地元の方々、若松に残る昔ながらの看板のフォント、そこで新たな文化を作ろうとしている経営者や若いショップオーナー、中学校の先生の教育論、北九州市に暮らす家族の営み、行政の取り組み、豊かな自然ーー。挙げていけばキリがありませんが、王道のスポットから地域の人々のマクロな営みまで

門司港の王道の角打ち「魚住酒店」
門司港の王道の角打ち「魚住酒店」

北九州市を取材して印象的だったことのひとつが、ぼくりりさんが神嶽川をのぞいたときの、「攻殻機動隊の世界ですね!」という言葉です。
攻殻機動隊という作品では、「自我」「個性」「魂」といったものが「ゴースト」という概念で語られます。脳がネットワークと接続(電脳化)し、身体の一部を義体化(サイボーグ化)した人間と、アンドロイド・AIが共存する世界で、人間を人間たらしめるものは何なのか?「ゴースト」はどこからくるのか? そういった葛藤が描かれています。

そんな、ぼくりりさんが「攻殻機動隊の世界」と呟いた神嶽川の上には、北九州市のひとびとの営みがひしめき合う、「旦過市場」の活気があります。
それは僕にとって、多くの個性が画一化され、良い意味でも悪い意味でもフラットになる現代にあって、北九州市という街の人間らしさを感じた瞬間でした。
ひとに「感性のざる」があるとしたら、ふるいにかけると網目をすり抜けていく角のとれた石ではなく、何かひとの記憶や琴線に引っかかる「少しいびつな石」。北九州市には、そんなイメージを持っています。
地元の方々が北九州市について「いい意味でごった煮」と言うように、様々な要素が地域に根付いた土着の歴史と混ざり合ってバランスし、強い個性を放っている街。ウェブ検索結果の100ページ目以降に埋もれた未知の体験が、より濃い濃度で、高い密度で巡っている街。僕にとって北九州市はそんな街です。

若松の絶景「遠見ケ鼻」にて
若松の絶景「遠見ケ鼻」にて

僕が故郷である長崎県・佐世保市という街を離れてから、もうすぐ15年が経とうとしています。故郷で過ごした日々と同じくらいの時間です。
友人と出会い、恋をし、仕事をし、それなりに挫折や悩みと向き合い「大人」になる中で、「帰る」ということばを東京に使うことに、もう違和感はありません。
しかし、これまで何かのきっかけがなければ思い出せなかったような、自分の内側から自然発生的に浮かぶ原風景に、思いを馳せることが増えるようになりました。
人間らしさ、自分らしさ、生きていくための個性や武器、そんなものを考えているときに、自分の故郷という存在が切り離せないものだということに、今さらながら気づき始めたのです。
それは、北九州市の個性的で、地域の土着的なグラデーションに触れたことが大きなきっかけの1つでもあります。
哲学者の國分功一郎さんは、「アイデンティティとは「傷」であり、傷の総体が性格を形作る」といいます。
言い換えると、個性とは自身の記憶に刻まれた、過去の傷跡です。その傷跡の存在を肯定することで、自分たり得る。そして、それは僕の中で故郷という原風景を肯定することと繋がります。
「北九州はいい街だよ」。口を揃えて話す北九州市の方々が、それに気づかせてくれました。

小倉の角打ち「アサヒ屋酒店」の女将さんと常連さん
小倉の角打ち「アサヒ屋酒店」の女将さんと常連さん

生まれ育った地でもなく、これまで何かの大きな接点があったわけでもない北九州という場所は、言ってしまえば自分にとって「他人」です。しかし、自分に気づきを与え、故郷を想い起こさせてもくれる。それは僕にとって「友人」という存在にほかなりません。
仕事を通じて北九州市という地域が、僕にとって他人から友人という存在になった。僕は勝手にそう思っています。そして、それは何ものにも代えがたい自分の財産でもあるのです。

北九州市への移住・定住を
全力でサポートします!

移住サポート・相談窓口はこちら

お気軽にお問い合わせください

kikaku-chihousousei@city.kitakyushu.lg.jp

お電話でのお問い合わせはこちら

北九州市東京事務所

03-6213-0093

平日 9:00〜17:45
休業日:日祝日・年末年始

北九州市企画調整局地方創生推進室

093-582-2174

平日 8:30〜17:15
休業日:土日祝日・年末年始