人権を考える5分間のラジオ番組「明日への伝言板」

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明日への伝言板試聴コーナー

  • 2026年12月11日(金)放送
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  • 拉致によって奪われた普通の時間

鶴田 弥生

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拉致によって奪われた普通の時間

 令和七年十月五日、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの弟、横田拓也さんが北九州市で講演を行いました。この日は、めぐみさんの六十一歳の誕生日。しかし、拓也さんの記憶には十三歳の姉の姿しかありません。
 講演会では、ある日突然、めぐみさんを奪われた家族の切実な思いが伝えられました。

 昭和五十二年十一月十五日、新潟県の日本海にほど近い町に住む横田さん一家にとって、その日の夕食も、いつもと同じ明るくにぎやかな食卓になるはずでした。ところが、中学校のバドミントンの部活動を終えて帰ってくるはずの時間になっても、めぐみさんが帰ってきません。めぐみさんは、こつ然と姿を消してしまったのです。それが北朝鮮による拉致だと分かったのは、二十年もたってからのことでした。
 拓也さんは地図を使って、中学校と、めぐみさんが拉致された場所、自宅の位置関係を示してくれました。めぐみさんがいなくなったと思われる場所は、自宅から歩いてわずか一分ほどの距離。住宅街の中でした。拉致によって、当たり前の幸せや生活を一瞬で奪われる。そんな理不尽な出来事が、私たちの日常と何一つ変わらないところで起きたのです。

 めぐみさんは、拓也さんにとって、ひまわりのように明るく、何事にも前向きなお姉さんでした。
 そんなめぐみさんがいなくなってからというもの、家族の生活は大きく変わります。拓也さんは、浴室で頭にお湯をかけながら、息と涙を押し殺して泣いている父・滋さんの姿を見たことがありました。両親は、本当に苦しい中で我慢して闘い続けていたのです。
 めぐみさんと同い年くらいの女性と話をすると、めぐみさんも拉致されていなければ、自分の好きな仕事をし、生き生きと幸せに暮らしていたのではないかと、拓也さんは思うそうです。

 めぐみさんが帰ってきたら、二人で草原に寝転んで、青い空に浮かぶ白い雲を見て、「やっと自由になれたね」と語りかけてあげたい。それが夢だという母・早紀江さんは、拉致被害者の家族会でただ一人の親世代となってしまいました。
 拉致問題は決して過去のことではなく、現在もなお続いている問題です。「拉致されたのが自分だったら、自分の家族だったらという自分事に置き換えた目線で、この問題を改めて見つめ直してほしい」という拓也さんの言葉を、しっかり受け止めることが大切ではないでしょうか。
 では、また。