今日は、北九州市八幡東区の小学六年生、濵﨑雄太さんの作文を紹介します。本人の朗読でお聴きください。
『平和について考える』
北九州市立槻田小学校六年 濵﨑 雄太
今年の夏休み、ぼくは戦争や平和のことについて学習しました。八十年前の八月、広島と長崎に原爆が投下されました。新聞記事で、二重被爆した人の記事を読みました。目の前でたくさんの人が亡くなり、黒こげになった人、皮ふがずるずるとただれた人、川にどんどん遺体が流れてくるといった、想像もできないような怖い内容でした。
父方の祖父は身体障害者で両ひざから下の足がありません。去年、そのことについて祖父に話を聞いたところ、七才の時に入院していた病院に爆弾が投下され、その時に両足を失ったとのことでした。母方の祖父にも戦争の話を聞きました。祖父は八幡の人間で、終戦時は二才だったそうです。戦争の記憶はあまりないようですが、祖父の母から、祖父をおんぶして今の到津から前田あたりまで、死ぬ思いで逃げ回ったと聞かされていたとの事でした。終戦後も辺りは焼け野原で、着る物も食べる物もなく、いつもお腹を空かせていたと話してくれました。
今まで、戦争はやってはいけないこと、人の命がたくさんうばわれたことだと知っていても、それ以上知ろうとはしませんでした。しかし今回、新聞記事や戦争のニュース、実際に祖父達の話を聞いてとても身近に感じ、改めて怖いことだと思いました。「なぜ戦争が起きるのだろう。なぜ命をうばいあうのだろう。戦争に何の意味があるのだろう。」
命は誰にも代えられない、お金で買うこともできない、無だにしていい命は一つもありません。その命の重みを考えずに殺し合うことは絶対にあってはいけません。それでも、今も世界で戦争があっています。ぼく達は戦争をしない、させないと祖父達の話を後世に伝え、戦争が無くなるように、一人でも多くの命が救われるようにしていかなければいけません。そして平和な世界にしたいです。
いかがでしたか。
作者は戦争の恐ろしさを痛感しながらも目をそらさず、そうした記憶を後世に伝えていく大切さに気づきました。
終戦から八十年以上が経ち、体験者から当時の話を聴く機会は少なくなっていますが、私たちも戦争の歴史を決して忘れることなく、命と平和の尊さを見つめ直したいですね。
では、また。



