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Z世代の想いが、
まちを動かす。
JR小倉駅に
「KOKURA DANCE STATION」が誕生
「日本一若者を応援するまち」を掲げる北九州市。玄関口のJR小倉駅に2025年11月、誰もが自由にダンスを楽しめる空間「KOKURA DANCE STATION (コクラダンスステーション)」が誕生しました。なぜ、まちの真ん中に“踊っていい場所”が生まれたのか? プロジェクトに関わった市内在住のダンサーや建築デザイナー、協賛企業などに話を聞きました。
KOKURA DANCE STATIONとは
- 場所
- JR小倉駅新幹線口1階 エスカレーター横(北九州市小倉北区浅野1-1-1)
- 広さ
- 約300平方メートル
- 利用時間
- 6:00〜24:00(駅の営業時間と同じ)
- 利用方法
- いつでも自由に利用可能(イベントを開催したい場合は、JR西日本へ)
- 所有・整備
- 西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)
誰もが自由に踊れる街なかの空間を目指し、JR西日本、高田工業所、市内在住のダンサー・石原真平さん、建築デザイナー・萬田昌良さん、北九州市Z世代課の連携により生まれた。
誕生のきっかけは?
「最初はダンスとは関係のない別の構想でした」。北九州市Z世代課の柏木佳奈子課長はプロジェクトを振り返ります。
KOKURA DANCE STATIONがあるのは、繁華街の反対側に位置する小倉駅北側の「新幹線口」。近隣には北九州メッセやミクニワールドスタジアムがあり、イベント開催日は多くの人が行き交いますが、平日の人通りは少なく、どこか閑散としています。




かつては、団体旅行客らが新幹線からバスに乗り換えるための待合場所として使われていました。時代とともに利用機会が減り、ボルダリングができるクライミングジムがオープンしたものの、ジムは2024年3月に閉鎖されました。
JR西日本と北九州市の間で、駅周辺のにぎわい創出に向けた協議が始まります。当初は、広く市民らがくつろげるスペースにする案も出ましたが、別のアイデアを検討することに。柏木課長は「人通りが少ないうえ、構内の奥まったスペースなので、目的を持った人に来てもらえるように、若者のニーズを調べ、利用者のターゲットを絞る必要がありました」と振り返ります。
そこで目をつけたのが「ダンス」です。2012年度から中学校の体育で「ダンス」が必修化されたり、2024年のパリ五輪で「ブレイキン」が正式種目になったり、若い世代にとってダンスは身近な存在で、自己表現の方法にもなっています。また、北九州市内では、どの大学にもダンスサークルがあり、中には在籍者が100人以上のチームもあります。


小倉駅前の路上や近隣の公園などで練習する若者は多く、練習場所へのニーズが実際にあることもつかみました。
手始めに、柏木課長がZ世代のダンサーに意見を聞いてみると……。
隠れるように練習
「ここはそういう場所じゃない。早く帰りなさい」。北九州市在住のダンサー・石原真平さんは、高校生の頃に投げかけられた言葉を思い出しました。ダンスとの出会いは15年前、友人から高校のダンス部に誘われたのがきっかけでした。仲間と一緒に体を動かし、格好よくポーズを決めたり、気持ちを表現したり、その楽しさに魅了されました。


KOKURA DANCE STATIONで踊る石原さん
放課後は、小倉駅近くの商業施設やホテルの前の路上で、大きなガラス窓に映る自身の姿を見ながら振り付けを確認したといいます。つい夢中になり、施設の管理人から注意を受け、時には叱られることもあったそうです。
「“そういう場所”ではないと理解はしていました。周りの若者も音楽をかけ、座って休んでいたらガラも悪く見える。そりゃ、怒られるよな。」と石原さんは苦笑いします。
石原さんは現在、ダンサーや振付師として、自分より若い世代に踊る楽しさを教えています。石原さんによると、後輩や教え子たちも、公園や駐車場などの片隅で、迷惑にならないように“隠れながら”練習をしているといいます。
ウケるな!面白そう
小倉駅にダンスをしてもいい場所ができる!? Z世代課の柏木課長から話を聞いたとき、石原さんは「ウケるな!絶対面白そう」と前のめりになりました。


「いろんな人がダンスを楽しんでくれたらうれしい」と話す石原さん
石原さんはダンサーの立場でプロジェクトに関わり、Z世代課とJR西日本が行ったヒアリングに、ダンスサークルの学生らを集めました。
学生からは「まちの中心で堂々と踊りたい」「人通りの少ない場所で踊っていたとき、置き引きや身の危険を感じたことがある」といった声が上がりました。
ヒアリングの場では、新たに整備される練習拠点を四つのルールに沿って利用することも確認しました。それは「PEACE」(譲り合いの心を持とう)、「UNITY」(環境美化と整理整頓に努めよう)、「LOVE」(音量など周囲に配慮しよう)、「HAVING FUN」(自由なダンススタイルで楽しもう)――です。
その思いが反映されたKOKURA DANCE STATIONは、若者のエネルギーをまちのにぎわいに変えていきます。「ダンスを好きな人がどんどん増え、市民権を得てきた」と石原さんは感じています。「ダンスは特別なモノじゃない。もっとたくさんの人に広がるといいな」
ダンサーに
スポットを!
ターゲットは「踊りたい」と願う人たち。若者の思いを“かたち”にするため、ダンサーや建築デザイナー、地元企業がプロジェクトに参画し、ダンスの練習拠点を整備する方向性が定まりました。
KOKURA DANCE STATIONは約300平方メートル。団体客の集合スペースだったこともあり、駅の構内を奥に進み、昼間でも薄暗い場所に位置します。


「明るい空間を意識した」と話す萬田さん
空間デザインを担当した北九州市の建築デザイナー・萬田昌良さんは「ダンサーにスポットライトが当たるような、明るい空間にしたかった」と話します。
KOKURA DANCE STATIONは背丈以上の鏡や照明が壁面などに設置されています。太い柱には、半透明のパネルと組み合わせたLED照明が配置され、柔らかな光を放ちます。かつてあったボルダリングの鉄骨を再利用し、デザイン面で「鉄のまち」をイメージさせる工夫も施されています。
薄暗い印象だった一帯は、人々が集う開かれた空間へと一新されました。萬田さんは「ここがダンスをする人のサンクチュアリ(聖域)になればうれしい」と笑顔を見せます。


「多くの人が集う場所になってくれたら」と話す萬田さん
KOKURA DANCE STATIONには、ダンスの練習にやって来る若者のほか、応援する方々や楽しそうに踊る姿を眺める高齢者の姿も見られます。萬田さんは「ダンサーたちが誇れる場所になってくれたら」と期待します。
地元企業が応援
KOKURA DANCE STATIONは、地元のプラント建設会社・株式会社高田工業所(本社・八幡西区)の協賛があって実現しました。


TAKADAのロゴが入ったパネルと髙田社長
株式会社高田工業所
1940年に創業し、2025年に85周年を迎えた。製鉄・化学などの様々な工場の産業設備の設計から建設、メンテナンスなど、国内外で事業を展開。企業の枠にとらわれない社会貢献活動を行う「たかだ基金」を1995年に創設し、清掃や福祉施設への寄付など地域に密着した活動を続けている。


「若者のエネルギーを感じられる場所になりそう」と話す髙田社長
「これからの時代は、若い人がトレンドをつくっていく。若い人のために面白いことをやろうとするこの活動を応援したい」。高田工業所の髙田寿一郎社長は語ります。
同社が協賛したのは、KOKURA DANCE STATIONのミラーや空間装飾など。2025年は創業85周年、社会貢献を行う「たかだ基金」創設30年の節目にあたり、地元で何か支援ができないかと市に相談していた際にプロジェクトのことを聞きました。
髙田社長も出張で小倉駅を利用する際、新幹線口の様子を見て「殺風景な空間で寂しいな。何かできないかな」と考えていたそうです。
KOKURA DANCE STATIONの壁には、協賛企業として「TAKADA」ロゴも入っています。「目にした人がどんな会社だろう?と思ってくれたらうれしい」と髙田社長は言います。
新しい
カルチャーを発信


高田工業所の髙田社長(左端)とダンサーの石原さん(中央)、建築デザイナーの萬田さん
KOKURA DANCE STATIONのプロジェクトでは、若者の声やニーズを丁寧に聞き取り、コンセプトや空間デザインに反映しました。プロジェクトに関わったダンサーの石原さん、建築デザイナーの萬田さん、髙田社長らの支えがあって「堂々と踊りたい」という若者の想いが、小倉駅という“まちの中心”で実を結びました。
髙田社長は「若者の声をすぐにかたちにできるのは北九州のいいところ。ここで練習した若者たちが世界に飛び出し、地元を自慢できるようになってくれたら」と笑顔で語ります。
Z世代が発した声から生まれたKOKURA DANCE STATION――。萬田さんは「Z世代からの『声』が今、世代を越えた大きな輪になっている。ここはただのダンススペースではなく、集う人、企業、行政が一緒になって創り上げた場所。私たちが手を取り合えば、北九州はもっと面白くなる。そんな未来がここから動き始めている。」と話します。
若者の声、自治体、それを応援する企業のコラボで、若いエネルギー、新しいカルチャーを発信する場に。「ストリートダンスができる場所ができたことに感謝を忘れず、若い人たちにはこの場所で思いっきり堂々と練習してほしい」と石原さんは期待を寄せます。