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若松レガシー第一弾

更新日 : 2022年6月29日
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若築建設株式会社

 はじまりは、推進の浅い洞海湾に大型船が入る港を築くという一大事業でした。当時、筑豊炭田からは、生活や産業に欠かせない良質な石炭が豊富に採れていましたが、課題となったのが輸送。「地域産業の発展のためにもこれを解決しなければ」と地元有志が1890(明治23)年に創業したのが「若松築港会社」です。工事費用は港銭(船の通行料)でまかない、民間の力で開発と運営を担うと言う「PFI事業」の先がけとなりました。初代社長の石野寛平さんは、渋沢栄一さんや三菱の岩崎弥之助さんら中央資本の支援を受けながら、石炭積出港としての洞海湾開発を進めます。その甲斐あって、日本の近代化を牽引してきた官営八幡製鐵所の誘致につながり、北九州工業地帯の発展の礎にもなりました。

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第一港運株式会社

 若松南海岸の観光スポットでもある「旧ごんぞう小屋」。かつて沖の本船で石炭荷役をする沖仲士・ごんぞうの詰め所だったこの場所の向かい側に、「第一港運株式会社」の本社があります。その始まりは、明治時代、岡部亭蔵さんが立ち上げた「岡部組」でした。石炭隆盛期には岡部組のように沖仲士を束ねる組組織が数多く存在していましたが、1943(昭和18)年、主要港湾一社制により「若松港運株式会社」に統合。それが戦後再び解体され、1949(昭和24)年、「第一港運株式会社」が設立されました。

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鶴丸海運株式会社

 筑豊炭田から石炭を運び出すために鉄道や港が整備され、洞海湾には石炭専用の機帆船がずらり林立していた頃、若松にはここで一旗あげようと多くの人が集まりました。石炭販売と海上輸送を担う「鶴丸商店」もその一つ。創業時には持ち船が事故にあうなど厳しい時期もありましたが、住友鉱業や三菱鉱業など大口の仕事を信用で勝ち取り、石炭需要の増加とともに成長していった会社です。

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日本鉄塔工業株式会社

 100年前、電気を消費者に送るために無くてはならない送電用の鉄塔づくりの一歩が、若松の地で踏み出されました。1922(大正11)年、防錆処理を施すための溶液亜鉛めっき槽を備えた日本初の鉄塔メーカーとして創業したのが服部製作所若松工場です。当時、木製が主流だった電信柱の代わりとなる三角断面の小型鉄柱「三角鉄柱」を開発、販売することからスタートしました。

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