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木屋瀬宿とは・・・

更新日 : 2021年4月21日
木屋瀬街並み

 木屋瀬宿がいつ開かれたのか明確な記録はありませんが、寛永12年(1635年)の参勤交代制の確立によって街道の整備が急速に整い、宿場の施設が充実していったものと考えられます。木屋瀬宿は赤間街道(内宿通り)の起点でもあり、西構口に追分道標があって、これには『従是(これより)右赤間道、左飯塚道、元文三年(1738年)』と刻まれています。

 宿場は東構口(消滅)から西構口(現存)まで約1100メートルの街道で、裏通りのない一本道は本陣付近で「く」の字に曲がり、家並みはのこぎり歯状に建てられていました。これは、「矢止め」と呼ばれ、敵が攻めてきたときにそのくぼみに隠れたり不意をついて攻撃したりするために配慮されたものと言われています。宿街道のほぼ中間には、代官所、本陣、脇本陣、郡屋、人馬継所などの施設と共に14、5軒の旅籠がありました。
 木屋瀬宿には、オランダ商館員でドイツ人医師のシーボルトやケッペル、測量学者の伊能忠敬だけでなく、白象が泊まったという記録もあります。

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